VR/AR は外科訓練と術前計画では深く根付いた、けれど日常診療には届いていない
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連載「技師さんの経験と技術が、本当に試される時代へ」第 21 回 / 全 24 回 第 IV 幕第 3 回 — 「展示会で映える技術」と「現場で使われる技術」の境界線
第 19 回で案内ロボの慎重な存続を、第 20 回で voice AI の地域差を書いた。第 21 回では VR/AR の医療応用について、よく出る誤解を一つ整理しておきたい。
VR/AR は医療現場で「使われている」のか、「使われていない」のかと聞かれたら、答えは両方だ。外科訓練と術前計画 (preoperative planning) では深く使われている。日常診療のワークフロー — 外来、病棟回診、検査、技師の撮影業務 — にはほぼ届いていない。この二極のあいだに広がる中間領域に、医療 VR/AR の「試されている時代」がある。
技師さんの仕事と直接関係するのは、撮影室での AR 補助 (患者ポジショニングのオーバーレイ表示)、3D 医用画像可視化 (PACS と連携したホログラム読影)、患者への説明 (CT・MRI の結果を 3D で見せる) の 3 領域で、いずれもパイロット段階を抜けていない。
深く根付いた領域: 外科訓練と術前計画
ここから書く話は、技師さんの直接業務とは少し離れる。ただ、VR/AR が「医療で使われていない」と思われがちな現状に対する反例として、まず外科領域での実績を記録しておく。
外科訓練では、ImmersiveTouch (シカゴ拠点、脳神経外科訓練)、PrecisionOS (バンクーバー、整形外科訓練)、Surgical Theater (ロサンゼルス、神経外科 + 心臓外科の術前計画)、Osso VR (米、整形外科訓練) が主要プレーヤーで、米国・欧州・日本の主要医科大学・教育病院で導入が進んでいる。
PrecisionOS は 2024 年時点で全米 30+ 整形外科レジデンシーで採用され、Mayo Clinic、Cleveland Clinic、Johns Hopkins などが本採用している。Surgical Theater は神経外科の術前計画ツールとして UCLA、Mount Sinai、NYU で routine 使用されており、患者の MRI / CT データから 3D 仮想脳を再構成し、術前に外科医が手術アプローチをシミュレーションする。
なぜ外科で根付いたか。理由は voice AI と同じく、第 18 回 4 成功条件のうち 4 軸全部を満たしているから。
人間補助。VR シミュレーターは外科医の代わりに手術しない。外科医の訓練と判断を補強する。 単機能。「特定の手術を仮想で繰り返し練習する」あるいは「特定の症例を術前に 3D で確認する」のみ。診断や治療判断はしない。 明確 ROI。外科レジデンシーの訓練効率向上 (PrecisionOS の RCT で訓練速度 230% 向上の論文 2019)、合併症率低下 (Surgical Theater 採用施設の 2020-2023 比較データ)。 法的明瞭。訓練ツール・術前計画ツールは医療機器ではあるが、診断・治療を直接行わないので、SaMD として比較的軽い規制区分。FDA 510(k) クリアランスを取得済み。
外科訓練 VR は、医療 AI の文脈で言えば、Pepper の対極にある成功事例だ。ただし注意点として、これは技師さんの仕事と直接関係しないし、外科医の数 (米国約 16 万人、日本約 9 万人) は技師の数より少ないので、医療現場全体に波及するインパクトはまだ限定的。
中間領域: 患者教育・術前同意・リハビリ
外科ほど深くは入っていないが、ある程度の運用実績がある領域もある。
患者教育。患者が自分の病気の構造を 3D で見ながら理解する用途で、整形外科の人工関節置換術、心臓外科の冠動脈バイパス、脳神経外科の腫瘍摘出などで、術前同意取得時の説明ツールとして VR/AR が使われ始めている。日本では順天堂大学医学部附属病院、慶應大学病院、藤田医科大学病院などが 2023-2025 年に実証配備している。
リハビリ。脳卒中後のリハビリ、慢性疼痛管理、不安・PTSD 治療などで VR が臨床応用されている。Applied VR (米) は 2021 年に FDA から慢性疼痛治療デバイスとして De Novo クリアランスを取得している。日本では国立リハビリテーションセンターと一部の総合病院でリハ VR が運用されている。
これらは「医療現場で routine 使用」というほどの普及はしていないが、「珍しい先進的取り組み」のレベルは超えており、特定の疾患・部門で標準化に近づきつつある。
ほぼ届いていない領域: 外来診療・病棟・検査・技師業務
問題はここだ。日常診療の現場 — 外来、病棟回診、検査室、撮影室 — では、VR/AR はほぼ届いていない。
理由は技術的な弱さではなく、ワークフロー適合性の弱さ。外来診療は 1 患者 5-15 分で回るので、ヘッドセット装着の 30 秒が許容できない。病棟回診は移動が前提で、機器を持ち運ぶオーバーヘッドが大きい。検査室は無菌領域・放射線管理区域が多く、電子機器の持ち込みに制約がある。撮影室は技師がポジショニングと装置操作で両手を使うので、ヘッドセットを着けた状態でこれを正確に行うのは難しい。
技術が悪いのではなく、現場のワークフローが「ヘッドセット型 VR/AR」を許容しない。第 20 回で voice AI が手放しで進んだ理由が「ハンズフリー」「ヘッドセット不要」「会話の延長で動く」だったのと対照的に、VR/AR は身体動作の制約を持ち込む。これが日常診療への普及障壁の本丸。
では、技師業務との接点はどこにあるか
第 III 幕で書いた「技師さんの craft が試される時代」のテーマと、VR/AR をどう結ぶか。3 つの接点がある。
接点 1 は AR ポジショニング補助。撮影室で患者をポジショニングする際に、AR グラスで患者上に骨格・臓器のオーバーレイを表示し、技師の判断を補助する技術。Verb Surgical (現在 Johnson & Johnson MedTech 内)、Brainlab (独)、Caresyntax (独)、Augmedics (米、Xvision spinal system が FDA 認可済) などが脊椎手術用の AR ナビゲーションを商業化しており、これが撮影室向けの patient positioning support に派生する余地がある。
ただし 2026 年時点で、放射線撮影室での AR ポジショニング補助の商業展開は限定的。技術的には可能だが、第 20 回 voice AI と同じく、現場ワークフロー統合と診療報酬評価の壁がある。
接点 2 は 3D 医用画像可視化 (3D PACS / ホログラム読影)。CT・MRI のボリュームデータを 3D で可視化して、放射線科医・技師が読影や撮影計画に活用する技術。Microsoft HoloLens 上で動く Imaging the Future や、Magic Leap 上で動く SyncThink (現 Otonal) などが、北米・欧州の一部施設で先進実証段階にある。日本でも東京大学医学部附属病院、京都大学医学部附属病院などが研究レベルで導入している。
技師との関係でいうと、撮影計画立案 (CT のスキャン範囲決定、MRI のシーケンス順序、コンベンショナル X 線のポジショニング決定) でホログラム読影が技師の判断補助として機能する余地がある。ただし routine 業務に乗るには、ヘッドセット軽量化 (現状 500-700g)・装着時間制約 (現状連続装着 1-2 時間)・コスト (HoloLens 2 = $3,500、Apple Vision Pro = $3,499、Magic Leap 2 = $3,299) の 3 つが解決される必要がある。
接点 3 は患者説明補助。撮影前後に患者・家族に検査結果や次の処置を説明する際に、3D で病変や術野を見せる用途。これは技師よりも医師の業務領域だが、健診センター・人間ドック施設で技師がフォローアップ説明を担う場合 (第 16 回参照)、技師が VR/AR 説明ツールを使う運用もありうる。
5 年後にどうなるか
VR/AR の医療応用について、2030 年までの予測を立てておく。
外科訓練・術前計画は引き続き深化する。Apple Vision Pro が 2024 年発売、Meta Quest 3 系統 が高解像度化、HoloLens 後継 (Microsoft が 2024 年に開発継続表明) などのハードウェア進化で、訓練用 VR の没入感と精度がさらに高まる。市場規模は 2030 年までに現在の 3-5 倍。
患者教育・リハは緩やかに普及する。FDA De Novo クリアランス (Applied VR の慢性疼痛治療デバイス、2021) のような専門領域での承認が積み重なり、保険適用される領域が拡大する。米国でメディケアが VR リハの一部を償還する動きが 2024-2026 年に始まっており、日本での診療報酬評価が中医協 2026-2028 改定で議論される可能性がある。
外来診療・病棟・検査・技師業務への普及は、ヘッドセット型ハードウェアの大幅な軽量化・小型化・低コスト化が起きないと進まない。Apple Vision Pro 後継機が 200-300g・$1,000 程度に到達するシナリオが、おそらく 2028-2030 年。それまでは routine 業務への侵食は限定的。
第 IV 幕の最後 — 第 22 回予告
第 21 回は VR/AR の二極性を書いた。「使われている」と「使われていない」が同居する技術カテゴリ。第 22 回は humanoid robotics 2025 で、Tesla Optimus、Figure 02、Apptronik Apollo、Boston Dynamics Atlas Electric が、Pepper の 10 年から何が構造的に変わったか、医療現場に届く順序はどうかを分解する。第 18 回 Pepper の 4 成功条件・5 失敗理由が、新世代 humanoid でどう変わるか・どう変わらないかが論点。
第 V 幕は第 23 回 (倫理) と第 24 回 (日本提言)。日本提言は第 III 幕の 5 構造的歪み + 第 18 回 Pepper の 3 教訓 + 第 IV 幕の 4 技術カテゴリの全部を foundation にして、具体的な政策レバー・経営レバー・JART レバーを提示する。
出典・参照
- ImmersiveTouch (脳神経外科 VR 訓練): 公式ウェブサイト 2024、JAMA Surgery 2022 RCT
- PrecisionOS (整形外科 VR 訓練): JBJS 2019 RCT (訓練速度 230% 向上)、米国 30+ レジデンシー 2024 採用データ
- Surgical Theater (神経外科術前計画): UCLA / Mount Sinai / NYU 公開資料 2020-2024
- Osso VR: 米国整形外科訓練 deployment 2024
- Applied VR (慢性疼痛 VR): FDA De Novo 2021/11、Pivotal trial 2020
- Augmedics Xvision spinal: FDA 510(k) 2019、米国整形外科 / 脊椎外科 deployment 2020-2024
- HoloLens 2 / Apple Vision Pro / Magic Leap 2 仕様: 各社公式 2024
- 国内 VR/AR 医療応用: 順天堂、慶應、藤田医科大、東大、京大病院 公開資料 2023-2025
- メディケア VR 償還: CMS 2024-2025 通知
- 中医協 VR/AR 議論: 2024-2026 年診療報酬改定議事録
- 第 18 回 Pepper 4 成功条件 + 第 20 回 voice AI 比較フレーム: 本連載 Letters 18, 20
第 21 回 / 全 24 回 / 第 IV 幕第 3 回 連載「技師さんの経験と技術が、本当に試される時代へ」 著者: LifeLink Insights | 監修: YOSHI.TOMO FURUSAWA Gloversal, Inc. CEO — "Turning healthcare technology into human-centered operations." https://gloversal.com/