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米国 — RSNA が「公衆衛生危機」と呼んだ 2024 年 10 月

2024 年 10 月、北米最大の放射線学会 RSNA が、診療放射線技師の不足を「公衆衛生危機 (public health crisis)」と公式声明で宣言した ([RSNA 2024-10](https://www.rsna.org/news/2024/october/radiologic-technologist-shortage))。

Edited by YOSHI.TOMO FURUSAWA · Gloversal, Inc. CEO
2026-06-05·23 min read·Tokyo
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2024 年 10 月、北米最大の放射線学会 RSNA が、診療放射線技師の不足を「公衆衛生危機 (public health crisis)」と公式声明で宣言した (RSNA 2024-10)。

学術団体が「危機」という強い言葉を使うのは、政策的なメッセージを明確に発するときだけだ。RSNA は普段、技術論文と教育啓蒙に注力する団体で、政治的な発言を控える。その RSNA が「公衆衛生危機」と書いた。

何が起きていたのか。ACR (American College of Radiology) のデータでは、2023 年に募集された放射線科医ポストのうち、50% が未充足のまま年を越した (Diagnostic Imaging)。Nature npj Health Systems の 2025 年 5 月の論文では、現在のトレンドが続けば 2055 年までに米国の放射線科医不足は 3,116 人に達すると予測された (Nature npj Health Systems)。

第 4 回まで書いてきた Centralized Scanning や AI agent の話は、すべてこの需要側の構造的危機を背景にしている。供給を増やせない (医師・技師の養成は時間がかかる) から、技術で 1 人あたりの出力を増やすしかない。米国の医療システムは、いまその選択を迫られている。


数字を並べる

需要側の数字を、いくつか時系列で並べておく。

  • 2023 年: ACR 募集の放射線科医ポスト、50% が未充足
  • 2024 年 10 月: RSNA が技師不足を「公衆衛生危機」と宣言
  • 2024 年: 米国 FDA が AI/ML 医療機器を 168 件認可、2020 年比 3 倍 (FDA AI list)
  • 2025 年 5 月: Nature npj Health Systems が 2055 年放射線科医不足 3,116 人と予測
  • 2026 年 2 月: AdventHealth Florida、Centralized Scanning 導入で入院 MRI 搬送 94% 減 (第 4 回参照)

これらの数字が同じ時間軸で動いている。需要 (検査件数の増加、人口高齢化、病院の高度化) は伸び続け、供給 (医師・技師の頭数) は伸びない。差を埋めるのは、(a) 移民労働者を増やすか、(b) 技術で 1 人あたりの出力を増やすか、の二択しかない。米国は政治的事情で (a) が動かしにくいので、(b) に資本が集中している。


Mayo Clinic — $5B の物理的賭け

需要側の対応として最も派手なのが、Mayo Clinic の "Bold. Forward. Unbound. in Rochester" プロジェクト。2024 年に発表された $5 billion・6 年計画の大規模再開発で、本拠地 Rochester (ミネソタ州) のキャンパスを全面建て替える (Mayo News Network, Fierce Healthcare)。

数字:

  • 投資額: $5 billion
  • 期間: 6 年 (2024-2030)
  • 建築規模: 2.4 million sqft、新築 5 棟
  • 完成: 2028 年から段階開業、2030 年フル完成
  • 設計の核: 診察室 / 手術室 / 画像診断ブースが動的に変形する flexible grid design (Mayo が業界に先駆けて採用)

この再開発の前段に、Mayo Clinic Center for Innovation (CFI) と SPARC Lab がある。

CFI は 2008 年に正式設立、それ以前 (2002-2008) は Nicholas LaRusso CEO と Michael Brennan が IDEO に依頼して始めた小規模イノベーションラボだった。SPARC = See, Plan, Act, Refine, Communicate。診察室レイアウト、待合室の空港式チェックインキオスク、糖尿病患者向け教育カードシステムなど、サービスデザインの実験を 100+ プロジェクトで documented (Wikipedia: Mayo Clinic Center for Innovation)。

特徴的なのは、診察室の物理レイアウトを変えたこと。中央に診察台が置かれた伝統的レイアウトを廃止し、医師と患者がカーペット敷きの円卓で会話する設計に変更。診察台・着替え・医療機器は隣接ルームに分離した (Yale SOM Case)。

「医療施設の物理空間を、患者体験を中心に再設計する」という思想が、20 年かけて Bold.Forward.Unbound. の $5B プロジェクトに結実した。


Cleveland Clinic — 「empathy training」が CMS 上位 8% を作った

Mayo が物理空間で攻めるなら、Cleveland Clinic はオペレーションで攻める病院。

2009 年、Cosgrove CEO が HCAHPS 患者満足度スコアを点検したところ、Cleveland Clinic は 10 パーセンタイル台 (全米下位 10%) だった。"staff responsiveness" と "room cleanliness" は下位 4%、"quiet at night" は下位 5%。これは全米約 4,600 病院の中で底辺レベル (HBR: Health Care's Service Fanatics)。

Cosgrove は James Merlino を Chief Experience Officer に任命し、全職員に半日の empathy training を実施した。3 年で CMS 患者満足度ランキングが全米約 4,600 病院中の上位 8% に改善 (HBR)。

H.E.A.R.T. = Hear, Empathize, Apologize, Respond, Thank。S.T.A.R.T. with Heart は smile / tell name / active listening / rapport / thank の 5 ステップ (Cleveland Clinic)。技術ではなく、行動様式を変えた事例だ。

その後、Communicate with H.E.A.R.T. は 30 組織以上にライセンス展開され、Press Ganey と共同で全米病院に提供されている (Cleveland Clinic Experience Partners)。

「technology ではなく empathy training で患者満足度を上げた」事実は、連載第 23 回 (倫理) で改めて扱う。AI で削っていい層と削ってはいけない層の境界線が、ここに見える。


Kaiser Permanente — KPIN AI navigator が 1 日 19,000 件

技術側で最大の事例が、Kaiser Permanente の Kaiser Permanente Intelligent Navigator (KPIN)。2024 年 10 月に Southern California Permanente Medical Group (4.9M 患者) で展開された AI 患者ナビゲーション (Permanente Medicine)。

数字 (2024-10 〜 2025-03 の運用データ):

  • 累計エンカウンタ: 3M
  • 日次平均: 19,000、ピーク 40,000
  • ユニーク利用: 1M+
  • 予約成功率 (successful booking rate): 53.68%
  • 離脱率 (abandonment): 2.94%
  • 患者満足度 +8.6 ポイント
  • 高 acuity ケース検出 97.7% 精度 (npj Digital Medicine)

「AI が予約・トリアージ・案内を担う」が 100 万人規模で運用された最初の本格事例。15-20 名の構築チームが 1 年で立ち上げた。

これは患者導線の自動化が、施設規模・地理的制約を超えて実装可能であることを示している。第 4 回で扱った Centralized Scanning が「撮影業務の遠隔化」なら、KPIN は「予約・案内業務の AI 化」。撮影前後の患者対話が機械化された場合の最大規模ベンチマーク。


Epic MyChart — 200M アカウントの基盤

米国の患者体験自動化が動いている前提として、Epic MyChart の規模を押さえておく必要がある。

Epic Systems は米国電子カルテ最大手で、急性期病院市場の 42.3% シェア、ベッド数の 54.9% を占める。MyChart はその患者ポータルで、200M+ activated accounts に達している (Healthcare.Digital)。

2024 年研究によると、1.6 billion outpatient visit を解析した結果、MyChart 利用が 21M no-show を削減した。portal 保有者の no-show 率 6.2%、非保有 7.9% (Epic Research PDF)。

200M アカウントというのが意味するのは、米国の医療を受けている成人の過半数が、患者ポータルを通じて医療と接続しているということ。AI agent (Hippocratic AI / Abridge / Heidi) が患者と対話する時の、認証 / 履歴 / 予約のレイヤーが、Epic という単一企業に集約されている。

これは欧州や日本にはない構造。米国の患者体験自動化が高速に商業化できる前提条件のひとつが、この MyChart の単一基盤性にある。


Disney Institute × AdventHealth — empathy が小児 ER を全米トップにした

意外な事例として、Disney Institute と AdventHealth (旧 Florida Hospital for Children) の連携がある。

Florida Hospital for Children は当初、Press Ganey 患者満足度で全米下位 10% だった。Disney Institute のセミナー、サイト訪問、院内研修を導入した結果、上位 10% へジャンプ。職員 morale と retention も改善し、小児 ER は全米トップに (Disney Institute / WBRWalt Disney Company)。

Cleveland Clinic と同じく「technology ではなく行動様式」のアプローチ。AdventHealth が 2024 年に Centralized Scanning で MRI 搬送 94% 減を達成できたのは、こういう organizational culture の蓄積が前提にある。技術導入の効果は、組織の準備度に強く依存する。


なぜ米国でこれだけ早いか

米国で需要側の対応が高速に動く構造的理由を 4 つ挙げる。

  1. 保険償還が dynamic — CMS (Medicare) と私的保険会社が、新しい商品カテゴリ (Centralized Scanning、AI scribing) に対する CPT コード割当を、数年単位で更新する。日本の中医協 / 厚労省より動きが速い。
  2. VC 資金が大きい — 米国の health-tech VC (a16z bio、Khosla、General Catalyst、Andreessen Horowitz) が年間数十億ドルを投じている。Abridge $300M @ $5.3B、Aidoc $150M、Hippocratic AI $126M @ $1.64B は、すべて米国 VC ラウンド。
  3. 病院間の競争が激しい — 米国の大手ヘルスシステムは互いに market share を奪い合うため、技術導入の競争圧が日本より強い。Mayo / Cleveland / Kaiser / AdventHealth が並列で動いている。
  4. 規制が outcome-based — FDA の PCCP (2024-12-03 final guidance) は、AI 機器の継続改善を承認プロセスから切り離した。出口を作ることで入口の動きを速くする設計。

これらが同時に動いている結果、米国は世界の health-tech 商業化の最前線になっている。


日本との比較で見える 3 つのギャップ

米国の状況を日本と並べると、ギャップが 3 つくっきり浮かぶ。

第 1 に、需要側の認識のギャップ。RSNA が「公衆衛生危機」と書いた一方で、JART は技師の労働市場に関する公式声明を出していない。日本の技師人余り (年 3,000 人合格 vs 退職 1,200 人) は、職能団体が問題化していない構造。

第 2 に、患者ポータルの単一基盤の不在。米国 Epic MyChart が 200M アカウントを束ねるのに対し、日本は OncoEHR / SimMan / 医療連携 ID 等が分立しており、AI agent と接続する layer がない。

第 3 に、患者体験設計の研究蓄積の差。Mayo CFI が 20 年、Cleveland Clinic Communicate with H.E.A.R.T. が 15 年。日本の大学病院・大手民間病院で、組織レベルで 10 年以上続く patient experience 設計プログラムは、ごく少数。

これらのギャップは第 13-18 回 (日本の現実) で詳しく扱う。今回押さえたいのは「米国で起きていることが、日本に届くまでのタイムラグは 5-7 年程度」という見立て。


出典


次回予告 (第 6 回)

「英国 NHS — Reporting Radiographer 制度が世界モデルになった理由」。Society of Radiographers (SoR) の AI 戦略と、英国の Reporting Radiographer / Advanced Practice 制度。技師が CT head・MR knee 等の 1st reading を担う、上方シフトの 20 年。米国 ASRT が 2024-2025 にこの制度に注目し始めた背景。日本の JART がこれを輸入できない構造的理由。


著者: LifeLink Insights | 監修: YOSHI.TOMO FURUSAWA Gloversal, Inc. CEO — "Turning healthcare technology into human-centered operations." https://gloversal.com/

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