日本の規制は AI を妨げていない。判断する人が、散らばっているだけだ
PMDA の AI-SaMD 累計承認件数。だいたい 50 件です。 韓国 MFDS が 305 件 ([MFDS 公開リスト 2024 末時点](https://nedrug.mfds.go.kr/))、米 FDA が累計約 950 件 ([FDA AI/ML-Enabled Medical Device List 2024](https://www.fda.gov/medical-devices/software-medical-d
PMDA の AI-SaMD 累計承認件数。だいたい 50 件です。
韓国 MFDS が 305 件 (MFDS 公開リスト 2024 末時点)、米 FDA が累計約 950 件 (FDA AI/ML-Enabled Medical Device List 2024)、欧州 CE 取得が 600 件超 (CE マーク制度のため公的集計なし、業界推定値)。
数字だけを並べると、日本は確かに少ない。でも、これを「日本の規制が AI を妨げている」と読むのは半分しか正しくありません。妨げている、というよりは、「判断する人が散らばっている」のです。
第 14 回は、散らばり方を解剖します。技師さんに関係する 6 つの規制レイヤ — PMDA / 医療法 / 医師法 / 診療放射線技師法 / 薬機法 / データ保護法 (3 省 2 ガイドライン) — がそれぞれどこで重なり、どこで穴が空いているのか。AI 時代に技師さんの craft が問われるのは、規制が解けた領域というより、規制が散らばった領域だからです。
1. PMDA: 「製品としての AI」を承認する場所
PMDA は薬と医療機器の製造販売承認を出す独立行政法人です。AI-SaMD (AI 医療機器ソフトウェア) も Class II か III の医療機器として承認します。
承認実績は累計 50 件前後 (2024 年末、PMDA 公開リスト集計)。内訳のおおまかな分布は次のとおり。
- 画像診断補助 (AI-CAD): 約 30 件、半数弱は再承認・後継機種
- 内視鏡支援: 約 8 件 (Olympus EVIS X1 / 富士フイルム CAD EYE / NEC WISE VISION 等)
- 心電図解析: 約 5 件
- 病理 / 眼底 / その他: 約 7 件
韓国 MFDS の 305 件と比べると 6 分の 1。注意点が 1 つあって、PMDA 承認のうち「日本独自開発」は 2 割を切ります。残り 8 割は、米 FDA 510(k) や CE マーク取得済の海外製品に PMDA 承認を上乗せしたパターン。
つまり PMDA そのものは「遅い」というより「確認役」として機能しているのが実情です。問題は PMDA ではなく、PMDA の手前で起きている開発・治験・データの不足のほうにあります。
2. 医師法 17 条: 「医行為」を物理的に縮める法律
医師法 17 条は「医師でなければ、医業をなしてはならない」と定めています。「医業」の定義は通達と判例で運用されていて、実は法律本体には書いてありません。
技師さんに直接効く形で言うとこうなります。
- CT / MRI / X 線の撮影 → 診療放射線技師法で技師に独占的に認められた業務
- 撮影画像を読影してレポートを書く → 医師法 17 条で医師に限定
- 中間にある「画像確認」「異常の指摘」「再撮影判断」 → グレーゾーン
英国 Reporting Radiographer (1995 設立、現 2,500 人超) は、この中間領域を技師業務として制度化した国の代表例です。日本では 1951 年「診療エックス線技師法」(現・診療放射線技師法) 制定以来、業務範囲拡大の議論はあるものの、医師法 17 条との衝突を避けられず、合意形成に至っていません。
AI が「画像の異常を最初に見つける」ようになると、その出力を確認・判断する作業が画像診断の中心に移動します。海外では技師業務として定義し直され始めている。日本では、定義が動いていません。
3. 診療放射線技師法: 1951 年から本質的に動いていない法律
診療放射線技師法 (1951 年制定、最近の改正は 2018 年で職務範囲を微調整) は技師業務を以下に限定しています。
- X 線、CT、MRI、超音波などの撮影 (放射線取扱業務)
- 医師の指示のもとでの放射線治療補助
- 検査説明 (診断行為ではない範囲)
明確に外れるのは: 読影 / レポート作成 / 投薬 / 注射 (一部の例外を除く) / 診断的判断。
AI 時代の論点は、技師の craft が「撮影」だけでなく「AI 結果の妥当性確認」「再撮影判断」「患者ケア」「workflow 設計」に広がっているのに、法律がそれを認知していないことです。
業務範囲拡大には診療放射線技師法の改正が必要で、改正には JART (日本放射線技師会) と日本医師会 (JMA) の合意、その上で厚労省案、国会成立、と 3-5 年かかります。技師の craft は AI で 1-2 年単位で進化しているのに、法的位置づけは 70 年以上、本質的な再定義をしていません。
4. 薬機法: AI を「製品」として規制する枠組み
薬機法 (旧薬事法) は医療機器の製造・販売を規制します。AI-SaMD は次の 3 ステップで PMDA 承認を取ります。
- 開発: GLP / GMP に準拠
- 治験: AI 特有の臨床評価 (PMDA「AI を活用した医療機器の評価指標」2019 年策定)
- 承認: PMDA 審査 (Class II は約 6-12 ヶ月、Class III は 12-24 ヶ月)
薬機法の AI 対応で韓国 MFDS と差が出る場面が 2 つ。
1 つ目は「学習モデルの更新」。Continuous learning や periodic update に対する規制が、日本は柔軟性に乏しい。米 FDA の Predetermined Change Control Plan (PCCP) のような仕組みは、PMDA でも検討中ですが運用は限定的です。
2 つ目は「Real World Data の評価」。韓国 MFDS は 2023 年に RWD ベースの AI 承認 framework を策定、Lunit や VUNO の継続承認に運用中。PMDA は「医薬品の RWD」枠組みは整備済ですが、AI medical device での RWD 適用は現状、研究段階です。
5. データ保護: 3 省 2 ガイドラインの迷路
医療データ保護は 3 省 2 ガイドラインで運用されています。
- 厚生労働省「医療情報システム安全管理ガイドライン」(第 6.0 版、2023 改定)
- 経済産業省 + 総務省「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」
3 省 2 ガイドラインは GDPR や HIPAA とは異なる構造で、要件は個人情報保護法と次世代医療基盤法 (匿名加工医療情報) の組み合わせ。
AI 学習データを病院から外部 (クラウド、AI vendor) に出すには、次の手続きが要ります。
- 病院の倫理委員会承認
- 患者同意 (オプトイン or オプトアウト)
- 匿名加工処理
- 移送先のセキュリティ要件
要件自体は妥当なのですが、3 省 2 ガイドラインの解釈に幅があり、病院ごとに「どこまでやれば OK か」が違います。同じ AI 製品でも、病院 A は導入できて病院 B は止まる、というケースが頻発します。
6. 診療報酬: 中医協 AI 画像コード、令和 10 年へ持ち越し
第 13 回で触れた令和 8 年度改定 (+3.09%、医療 DX +1.00%) は「医療 DX 推進加算」「電子処方箋」「オンライン診療」「EHR 標準化」が主軸。AI 画像診断の個別コードは未確定です。
AI 画像加算の議論は中医協で 2 年以上続いていますが、合意に至らない構造的理由が 6 つあります。
- PMDA 承認件数が少ない (50 件、韓国 305 件と比較)
- AI 専用 ICER (費用対効果分析) 枠組み未整備
- 厚労省評価人員が AI 専門に絞れていない
- 3 学会 (JRS / JART / JCR) 独立運営、統一見解出ず
- 中医協診療側 7 名に放射線科医ゼロ、AI 専門家ゼロ
- 2 年改定サイクル vs 1-2 年 AI 進化スピード
令和 10 年改定 (2028 年) で AI 画像コード確定見込み、と関係者見立て。韓国 HIRA Lunit CXR コード (2024 整備済) と比べると 4 年遅れになります。
結論: 規制は妨げていない、判断する人が散らばっている
韓国は MFDS が AI 医療機器を主管、保健福祉部が保険、産業通商資源部が産業振興、と権限が明確です。日本はこうなっています。
- PMDA → 製品承認
- 厚労省医政局 → 医療法 / 医師法
- 厚労省保険局 → 診療報酬 (中医協)
- 経産省 → 産業振興 (医療 DX 推進)
- 総務省 → データ法
- 文科省 → 医育機関 / 大学病院
6 つの省庁・部局・委員会が、AI 医療機器に対して独立に権限を持っています。それぞれの判断は妥当でも、全体としての一貫した戦略がない。
これを「規制が遅い」と片付けるのは雑です。実際には「判断する人が散らばっている」だけ。妨げているのではなく、調整できていない。
そして、技師さんにとって何が変わるか。AI 時代に技師さんの craft が試される領域は、6 つの規制レイヤが重なる場所 — 画像確認、再撮影判断、AI 結果のレビュー — です。法律はまだ動いていない。実務は動き始めている。craft があれば、その重なりの中で判断できる。craft がなければ、判断する場所が分からない。
残された問い
- 6 つの規制レイヤを「調整」する役は、どこが担うのか? (内閣官房医療 DX 推進室?)
- PMDA AI-SaMD 承認を加速する仕組みは何か?
- 中医協 AI 画像コードを令和 10 年で確定するために、令和 7-8 年で何を整備すべきか?
- データ保護 3 省 2 ガイドラインの解釈統一は誰がやるのか?
第 15 回は医育機関の AI 教育です。放射線技師養成校 65 校、医学部 AI 教育、看護学校。craft を育てる場所が、craft を試される時代に追いついているのか。
著者: LifeLink Insights | 監修: YOSHI.TOMO FURUSAWA Gloversal, Inc. CEO — "Turning healthcare technology into human-centered operations." https://gloversal.com/